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アニメ批評 東のエデン劇場版II Paradise Lost

東のエデン劇場版II Paradise Lost

原作:神山健治
公開劇場:テアトル新宿ほか全国
総合評価:★★★★☆

《滝沢朗とはいったい何者なのか?》

わずかな手掛かりを頼りに、滝沢(CV:木村良平)を探してニューヨークへと向かった咲(CV:早見沙織)。そして無事滝沢と再会を果たすも、彼は「飯沼朗」と名乗った。どうやら彼には、「王様申請」の結果、総理大臣飯沼誠次朗の私生児としての新たな経歴が与えられたらしく、滝沢を次期総理大臣として擁立すべくジュイス(CV:玉川砂記子)によってものすごい勢いで「滝沢朗」の情報が「飯沼朗」に書き換えられていく。彼は本当に総理大臣の私生児なのか。そして、セレソンゲームの勝者はいったい誰なのか。当初の予定より2カ月遅れさせてでもボリュームアップを図ったという、待望のシリーズ完結編です。

《ちょっとコンパクトにまとまりすぎてやいないかい?》

まず、これから観にいく方へ。テレビアニメ版最終回や、劇場版Iのような盛り上がりを期待すると多分肩すかしを喰らいます。IIは、これまで広げた風呂敷を畳むことに終始したストーリー展開なので、ノブレス携帯はほとんど使いませんし、ミサイルが飛んでくるようなこともありません。また、Iのストーリーに関しては全く触れられていないので、もしご覧になっていないのであれば何かしらの手段で一度Iを観てからIIを観ることをおススメします。幸い、まだIを上映している映画館が少数ながらある(東京だとMOVIX亀有)ので、DVDを待たなくても観ることが出来ます。

全体の印象としては、伏線の回収に専念するあまり、盛り上がりに欠けていました。謎は大体解けたし、ストーリー上の矛盾もない点では良いのですが、何だろうな、もう少し心を揺さぶるような展開には出来なかったのかな、と思います。2カ月余計に待たされたから無駄に期待が増してしまったせいかもしれないし、これほどの大風呂敷を上手く畳むのが難しいことくらい分かってはいるのですが…。「ちょっとコンパクトにまとまりすぎてやいないかい?」というのが正直な感想。

では、ここからはネタバレ解禁でいきます。

JUGEMテーマ:東のエデン





======以下ネタバレあり======
《Mr.Outsideの狙いとは?》

Mr.Outside、その正体は物部(CV:宮内敦士)が予想した通り亜東才蔵(CV:有川博)で、12番目のセレソンであり「サポーター」でもあったわけですが、物部の「とっくに死んでいるはず」という予測だけは外れ、趣味で「ATOタクシー」の運転手を続けていたのでした。

そして、彼はタクシー運転手を続ける傍ら、「100億円あったら何に使う」と質問を投げかけ、面白い回答をした者を「セレソン」として選んでいたようですが、彼が「セレソンゲーム」を仕掛けた理由は何だったのでしょうか。

滝沢の演説を聴いて、「勝者は決した」と言った亜東才蔵。滝沢が勝者なのか、と思いきや、全員が勝者である、というあたりさわりのない終わり方で、しかも全員の(ゲームに関する)記憶を消去してゲームそのものをなかったことにしてしまいます。つまり、亜東才蔵にとって、ゲームの勝敗などどうでもいい話で、うまくいかない、あるいは全額使い切るととサポーターに殺される、なんてのもゲームを煽るための方便(殺されるのではなく記憶を消される)だったようです。この辺の板津(CV:檜山修之)の予測は概ね正しいとみなしてよいでしょう。

では、セレソンゲームの真意とは。それは単に、団塊ジュニア世代やその子供たちにあたる「今の日本やその先の日本を背負ってたつ存在」がどこまでやれるのかを見届けたかっただけ、なのでしょう。終盤で亜東は平澤(CV:川原元幸)にこのような旨をつぶやきます。「あの頃は我々も右も左もわからない新人だった」「この国のためによかれと思って、必死になって造り上げてきたものが、今となっては悪といわれる」「国際化で海外から新しい考え方が優位性をもって流れ込んできた。年寄りにこれを受け入れるのは酷だ」と。

戦後、焼け野原になったこの国を建て直し、たった60年ほどで目覚ましい復興遂げ、先進国の仲間入りをさせたのは他でもない団塊の世代です。確かに、団塊の世代は功罪共に深いのかもしれませんが、それなら何だ、出来るものならやってみろ、若者どもめ、というメッセージが込められているように思います。

そして、滝沢と「東のエデン」のメンバーは、それに十分応えたのでしょう。
戦後からやり直す、といって既存のものを全て壊し、既得権の再分配を図ろうとした物部に対し、現在の「オッサンたちが作り上げたインフラ」を最大限に利用し、新たな楽園を作ろうとした滝沢と「東のエデン」のメンバー。滝沢のセリフの通り、物部のやり方には「愛」が足りないのです。滝沢と物部は、確かに同じ方向を向いていたのですが、物部は国民を単なる駒としてしか見ていなかったのです。そうじゃなかったら、日本を一度徹底的に壊して一から作り直すなんて考えないでしょう。

《「オッサンたちが作り上げたインフラ」を最大限に利用》

↑についてもう少し説明します。

まず、滝沢の暮らしていたショッピングモール。豊洲にある「アーバンドックららぽーと豊洲」(公開劇場のひとつ、「ユナイテッドシネマ豊洲」もここにあり、映画とのタイアップ企画がいろいろ進行中。)がモデルになっていますが、豊洲といえば昭和初期に造成された埋立地で(関東大震災の瓦礫が利用されたそうです)、高度経済成長期には工業地帯として発展した土地です。その後は日本の主要産業が第三次産業へと移行すると共に住宅地、商業地への再開発が行われ今に至る、といった感じですが、豊洲のようなベイエリアこそ、「オッサンたちが作り上げたインフラ」なのです。一度はミサイルにより破壊されましたが、そこには2万人のニートが移り住み、「東のエデン」も豊洲に移転して、新たな文化を発信する土地となりました。

また「エデンシステム」も、「オッサンたちが作り上げたインフラ」である「インターネット」を最大限に利用したシステムです。その発想は「インターネット上に、おじさん世代には見えない若者だけの楽園を」というところから来ています。一度はジュイスに乗っ取られ機能を停止しましたが、旧システムを使って細々と生き延び、IIでも重要な役割を演じました。

そして、公安に追われ、「東のエデン」部室から脱出すべく春日(CV:田谷隼)と板津が使ったトンネル。ここが一番分かりやすいでしょう。このトンネルは学生運動の時代に掘られたものだといいますが、その時の春日のセリフ「唾棄すべき団塊の遺産を利用して…」こそ、これを端的に表しています。

《まとめ》

結局のところ、神山監督の描きたかったことは、団塊の世代と若者との世代間抗争だった、ということです。込み入ったストーリーのわりに、語られていることは案外シンプルでした。

「ニート」って世間から悪者扱いされているけど、果たして本当にそうでしょうか?
「団塊の世代」って世間から悪者扱いされているけど、果たして本当にそうでしょうか?

メディアの「ニート」や「団塊の世代」に対する煽りを鵜呑みにすると彼らは悪者にしか見えませんが、実際のところはそうではないはず。結局のところ、「ニート」も「団塊の世代」も幅広い「個人」をたったひとつの属性のみでまとめた大きなカテゴリにすぎないわけです。つまり、「ニート」や「団塊の世代」を十把一絡げに糾弾することは、滝沢の言うように「個人」を大切にしていないことになります。「ニート」も「団塊の世代」も、メディアが作り出した仮想敵にすぎないということなのでしょうか。そして、本当の敵とは何なのか、残念ながらその答えは、この映画の中にも、私の頭の中にも見当たりません。

at 19:23, Long, アニメ・漫画・ラノベ

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ケロヨン艦長, 2010/03/19 11:42 PM

はじめまして

本日、私も見てまいりました。

感想は管理人さまとほぼ同じです。

滝沢君の言葉を借りるならば「一発ぶん殴ってやりたい」2ヶ月間風呂敷畳についやしていたのかと。

管理人さまの感想にあえて付け加えさせていただけるならば、本当の敵は、エンドロール後の「亜東のじーさんと滝沢君の絡み」に描かれていたのではないでしょうか?

映画は滝沢君が亜東のじーさんに「色々やることがあるんだから」とはっぱをかけ終わりますが、この二人が組めば日本最強のコンビとなるでしょうし、組まなければただのニートとボケ老人でしかない。(ひっぱたかれる亜東のじーさんは、ボケ老人顔でしたが)

この間にあるのは、互いの価値観を受け入れられない人の心だと思うのです。

お年寄りもニートも個で劣ってもお互いが補完しあえば結構大きな力が出せると思うんです。子育てとか。

本編で、滝沢君は亜東の問いに対して「お金を払う(主張する)より貰う(受け入れる)ことのほうが楽しい世界にしたい」と答え、セレソンに採用されます。また、亜東も「酷だ」と言いつつも「受け入れるしか無いということか」と納得してゲームセットを宣言しました。

これらのことを踏まえると、本当の敵は各々の心の中にある「バカの壁」だと思います。

ラストの作りは「続編」を予感させるもので、監督自身もその可能性を示唆していますが、滝沢とは何者か(敵と敵に対する対抗策)を提示してくれるなら「有り」かなと思います。



Long, 2010/03/20 7:37 AM

ケロヨン艦長さん、はじめまして。

なるほど。エピローグからそのように発展させれば自ずと答えは見えてきますね。

>「お金を払う(主張する)より貰う(受け入れる)ことのほうが楽しい世界にしたい」

滝沢がセレソンに選抜された切っ掛けとなった発言もそのように解釈するとかなりしっくりきますね。

結局、この国の人間は、主張するばっかりで、受け入れることを出来る人はほとんどいない、ということでしょうか。そういえば、初期のキャッチコピーで「この国の『空気』に戦いを挑んだ…」なんてのもありました。そんな閉鎖的な空気を生み出しているのが、年寄りとニートとの相互理解を妨げている「バカの壁」にほかならないのですね。

続編は、テレビアニメでやるならアリですね。OVAや劇場版のように「金を払って」観るモノにしたら、なかなかキツイんじゃないでしょうか(商業的な意味で)。










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